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かんがえるにわとり

形になれば、いいなあ

Extreme Racers

ここ最近個人的に楽しい「架空のレーシングカー」。

「架空」とは言っても例えば「リッジレーサー」とか「サイバーフォーミュラ」とかの枠でいうものではなく、「現実に即した架空」。

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腰が落ち着いたら本にでもしてみたいなぁと思ってるのでその設定をまとめがてら。

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いくさ

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"不退転" - 2016/3/11. <ガールズ&パンツァー リボンの武者>

(pixiv - 不退転 / ニコニコ静画 - 不退転 )

 

「ガールズ&パンツァー」にハマったのはつい最近なのだけど、その中でもスピンオフ作品の「リボンの武者」がすごくアツい。

この漫画がどんな内容なのかはこことかここにお願いするとして、それにしたってなんでこんなに(僕にとって)おもしれーんだと考えてみた。

 

以下続き 

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ぞうけい

3DプリンタだFabLabだと言われはじめて久しくなってきたけど、日本で流行りだしたのはここ数年くらい?

かくいう僕も学部の卒業制作でDMM.makeを利用して3Dプリンタを体験してるし、学校に導入された3Dプリンタを無駄に活用してみたりしてる。進行形で幾つかモノも作ってるけど、そうしてる内に「3Dプリンタを使うことの"価値"ってなんじゃらほい」と考えることは別段不思議ではなかった。

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・・・というのも、造形というものは基本的に人の手によって作られる。それがフィギュアであれ、自動車であれ、必ず人の手が造形をするわけである。一体で作ることが難しかったり、多くの数を必要とするなら、分割設計し、金型を作り、レジンを流しこんだり金属プレスをすればいい。そうして必要な材を揃え、削ったり盛ったりして形は作られる。こんなこと正味数千年と変わってない。それこそ土偶や埴輪もやってることは一緒。

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ところが"3Dプリンタ"という機械はその観念をぶち壊しにしてしまった。

monoist.atmarkit.co.jp

このページで紹介されているギアは全て一体で造形されている。

これを造形している3Dプリンタは、一般的には「光造形方式」とか言われるものの内の「インクジェット型」で、造形物本体とは別に造形を補助するサポート材を使用するタイプが多い。造形後にサポート材を溶かすことで、可動部分まで十分に造形できる。ある意味では最も「プロダクト」ができる3Dプリンタ

・・・こうした複雑さに「一体」が加わると、手では造形ができなくなる。

「造形の精度がいい」とか、「簡単にできる」を3Dプリンタの価値として使うのも十分ではあるが、それ以上に何にも替えがたい答えをこのギアのオブジェが語っている。

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そう、3Dプリンタの最も大きな価値とは「手では造形できないモノを作る」ことにある。拙作"Voyd"はそのコンセプトに則って、僕ができる範囲での3D CAD力で作ったモノだったけど、意外にも反応はいい感じだった(学校のイベントとかで色々なところに持って行っては見てもらった反応からすれば、Voydのような造形はもっと増えていいし、あるいは商品として売りだされても良いはずなのだ...(注1))。

DMM.makeのクリエイターズマーケットを流し見してみても、石膏プリンタ(こいつは指定した色を造形時に着色できる。かなり便利)でフィギュアを作る以外は大体「CNCとかで切削できるなぁ」とか、「今までのフィギュアとあんま変わりないなー」みたいなそんな印象を持ちやすい。

3Dプリンタの妙を持って価値をつけるんであれば、「0.2mmの隙間を持ちつつベルトが上下に折り重なったリング(言葉で説明し辛い)」とか「関節一体成型フィギュア」のようなものは話題性も抜群で、ビルダーの腕の高さも宣伝できて一石二鳥だし、本当に欲しい人はお金を出す。文章書いてて思ったけどDMM.makeのクリエイターズマーケットって実は「プロダクトのキックスタート」としてはかなり良い場なのかも。設備もDMMが提供してくれるし。

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これはあくまで個人的な考えではあるんだけど、「ものづくり」ってのはどんどんミニマル...つまり「個人の範囲」になりつつある。MITがガラスの3Dプリンタを実現させ、金属の3Dプリンタも手が届きそうなところにやってきた。設備は小型・安価になって、コンピュータの性能も十分にある。これはつまり「誰もが気軽に製造業をできる」と言える。3D CADのテクニックは使う内に上がっていくし、造形のクオリティもそれなりにあがる。そうした段階で「アイデア」が大きな壁になってくる。

3Dプリンタによって加速した「ものづくり」は、「アイデア」という大きな壁で一度立ち止まる...というか今実際に停滞してるかな?って印象はある。これをぬけ出すには今一度「3Dプリンタだからできること」を考えてみるのも一興かなと。

フィラメントタイプ、光造形タイプ、粉末焼結タイプ、石膏タイプ・・・。色々な種類があるけど、どんな造形で臨めばそれぞれのメリットが最大限活かせる"面白い"造形が作れるのか、それが今後の「ものづくり」を面白くする一手だと個人的には考えてみたり。

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参考:3Dプリンタの基礎知識 | アビー

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(注1)基本的に光造形タイプで使われる素材というのは、紫外線で硬化するアクリル、レジンやプラスチックで、インクジェット型では更にサポート材に水溶性ワックスを使用する。これの材料はアメリカにおいては食器として利用できる程度の認可は受けてる(資料1(造形材)資料2(サポート材) PDF)。まぁナマの素材自体は素手で触るとかぶれたりするので造形後の話ではあるけど。しかしながらこれはアメリカに置ける認可なので、利用する素材が食器にも使えるかはきちんと確認しなければならない。食器利用可能なセラミック材を用いた3Dプリンタもあるので、用途に応じた機材の選択が求められる。

でざいん

www.mikinote.com

 

とっても興味深い記事を見つけたからちょっと考えてみようかと。

個人的に思う「よいデザイン」っていうのは「手にとってすんなり理解ができる」かな?ここには外観も機能も全部含まれる。

というのは、「プロダクトデザイン」・・・「インダストリアルデザイン」というのは必ず「人が使う」という大前提が存在する。そしてこの「人」と言うのがまた厄介で、一人ではない上に年齢や性格、性別、身体能力や人種に至るまでデザイナーやメーカーが思慮を巡らせることが出来ない広さがある。

そうなるとデザインというのは、ことプロダクトデザインにおいてはいわゆる「平均」にある人、あるいは「立場が弱い人」を中心として設計が進む。つまり「ユニバーサルデザイン」みたいな信念がハードルとして存在するわけで、メーカーやデザイナーとしてはとっても頭が痛い存在である。

「プロダクトデザイン」ってのは「見た目」を作ることではなく、「製品をトータルで設計する」ことであるということに留意してほしい。言ってしまえば「かっこよかったり洗練されてるからと言って"良いデザイン"とは限らない」。

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特に日本は基本的には保守的な人種なので大きく変えるというアクションに対しては非常に慎重。確かにそういう点では工業デザインは日本においては日の浅い分野なので諸外国に遅れを取ってるのは事実。

けど逆を返せば、それまで存在しているデザインを飽くなきブラッシュアップによって昇華させていくというのがとても強みだと思う。外から入ってきたものを自分たちでどんどん進化させていくのは日本の面白いところ。となれば、ユーザーの声を聞き入れてデザインをすることはすげー得意なのだ。多少野暮なデザインでも老若男女が使い方をきちんと理解できるというのは実はとってもすごい。

ユニバーサルデザインとか、ユーザーエクスペリエンスデザインとか、ヒューマンセンタードデザインとか、インクルーシブデザインとか、スペキュラティブデザインとかなんだかんだと舌を噛みそうなカタカナ用語なんてのも最終的にはそういうところに収束していく。

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・・・とは言え、かっこいいデザインにして使う人が負傷したり損害を被る事は絶対にあってはならない。

ご老人がオートマチック車に乗った時のことを例にすればわかりやすいと思うけど、フェイルセーフやフールプルーフと言った観念と言うのはデザイン(特にスタイリング)にガンガン干渉してくる。きちんと制御ができていた部分を「ダサい」からという理由で「洗練」させたことで事故が起こってはユーザーは購買しないし、メーカーも補填や売上低下でいいことは何一つ無い。

日本の場合、特に購買層を設けないデザインは基本的に老人が油断しないデザインになる傾向が強い。それは認識力であったり運動能力であったり、あるいは時代から受けた常識であったり。だからこそ若干野暮ったいデザインになるんじゃないかなと。

また、プロダクトデザインで言えば日本の家電メーカーはアイデアを優先させる。とにかく他にはない面白い機能や使い方を求める。これはライバルのメーカーに少しでも差をつけるためであり、美意識なんてのはどうしても二番煎じになりやすい。けどアイデアワーク出来なきゃ家電メーカーにデザイナーとして就職できないんですよ。アメリカとか諸外国がどういう基準でデザインを行うかまでは理解が及んでないのだけど、日本にはアメリカで言うIDEOやイタリアで言うカロッツェリアのような比較的規模の大きい外部プロダクトデザイン団体もあるにはあるが数は多くない。

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さて、こうしたプロダクトデザインのお話をするのであればやはりどうしても「カースタイリング」についても少し考えてみたい。

フェラーリ・エンツォをデザインした奥山清行氏や、アウディでチーフデザイナーを務めデザインアイコンで流行を作った和田智氏といった海外で活躍するデザイナーもいれば、昨今のマツダのように世界の最先端を行くデザインを生み出すデザイナーも居る。あるいはトヨタのように少しでも車を面白く魅せることに昼夜頭を捻るデザイナーも居る。無論海外からのデザイナーも居るけど大部分は日本人。

そういう点でカースタイリング・カーデザインというのは常に先端的デザインを求め作り、ユーザーの意見を取り入れつつ取捨選択し、なおかつ自分たちのデザインにプライドを持っているので美的感覚も強い。その中で戦うために教育機関でもカーデザイン専攻はとにかく様々なものを見て、とにかくアウトプットして競う。こうして育った人から中には家電デザインに向かう人もいる。

つい30年、40年前まで日本メーカーは自動車のデザインをピニンファリーナや海外のデザイナーに発注することもあったけど、今はどのメーカーもデザイン室を持っていて、海外メーカーとも渡り合える製品(プロダクト)を生み出している。

 

・・・そう、決して教育が冷めてるワケじゃないのだ。ただ残念なことにおとなり中国や韓国はもっと進んでる。個人的にはもう少し歩みを緩めても損はしないでしょって言うくらい彼らは未来をデザインし続けている。ユーザーが追いつけるかどうかはさておき。

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プロダクトデザインは僕らが考える以上に様々な制約によって縛られている。それは国が違えば手法も違うように、日本の製品デザインが野暮ったいのはある意味仕方のないことなのだけど、いざ自分がデザインする立場になって見ればボタンの位置や構造一つとってもきっちり設計されているんだと頭を打たれる。

だからこそ、最初に戻るけど「手にとってすんなり理解できる」というのが大事な指標になってくる。美意識も大事だけど使えないんじゃプロダクトとしては成立しない。その見極めが出来てこそ、「製品のデザイン」というのは光輝いてくるのかなと。

(まぁ何が面倒ってこれ人によって基準が違うわけで、すっげー難しい話なんすね。世代が入れ替わって、多感な時期に無限の情報と戯れている今の世代がデザイン文化を引っ張れるようになるまではまだまだ"日本だな"ってデザインがあふれるのは仕方がない。製品デザインは常に「平均層」(もしくは多くの「立場の弱い人」)を重視して設計されるものなので、その平均が動くまではどうしようもないのである。一方でインクルーシブデザインのように、多くのユーザーと相対して必要な情報の取捨選択を行うこともまた重要ではある。)

でれすて

大学院に進んでゲームセンターが物理的に遠くなったことで、独自電子マネーお得なゲームができるBEMANIシリーズはストンとやらなくなってしまった。かろうじてGROOVE COASTERはアプリもあるおかげで一月にそれなりはできてるけど(というか最近少しうまくなってる)。

 

とは言え音ゲーをやっていないわけではなく、アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージはサービス開始からかかさずやってる。「LEGNE MAS」や「あんずのうた/新田美波」を見てくれてるみなさんありがとう。僕は今LEGNE、Trancing Pulseと戦ってます。

 

Shine!!もTrancing Pulseもデレステの先行プレイのために買ったけど、Trancing Pulseは作曲が上松さんだし、実際上松節炸裂してて譜面をプレイしながらフォニックゲインが高まるじゃろ。4人目に水樹奈々さんの声が聴こえるのは絶対気のせいじゃない。へいき、へっちゃら(何が)

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おえかき?

絵を描いて長いことになるけど、時折「絵の描き方ってなんじゃらほい」と思うことがある。というか常々思ってる。

誰かから描き方を教わった、聞いただけで上達するなら苦労はしないし、ペンタブ買っただけで食っていけるならそうしてるし、本を買っただけで評価がもらえるならみんなそうしてる。画塾に行こうと美大に行こうと上手くなるとは限らない。

「絵を描く」とはなんなんだろう?

正確な形が描けることなのか、綺麗な塗りができることなのか、奇抜な構図がとれることなのか、はたまた緻密な描写を広げることができるのか。

 

・・・個人的にはどれもちょっとずれてて、一番の着地点としては「よく見る」に尽きると思う。

正確な形も、綺麗な塗りも、奇抜な構図も、緻密な描写も結局は「見る」ことから出発してるんじゃなかろうか。鉄パイプを描こうと思ったら鉄パイプの画像を探すように、何かにつけ「見る」動作がないことには絵は描けない。

「何も見ずに描ける俺SUGEEEE」とか言ってるうちは多分絵なんて描いてないのかもしれない。僕も最近は何か描くにつけとにかく描きたいものの画像(キャラクターなら公式物)をかき集めることから始めるようになったわけである。

さて、じゃあ「絵の描き方」とはなんぞや?

Photoshopを開いてレイヤー属性をオーバーレイにでもすれば自分の望む絵が出てくるんだろうか?それともコナミコマンド打てばいいんだろうか?「〜のやり方」だとそういう「特定のアクションで確実に実現できる(結果は問わない)」みたいなニュアンスがあって、やっぱり何かが違う。

本屋さんに売ってるクリスタやSAIの本を開いたり、塗り方講座の本を手にとってもしっくり来ない。そりゃそれを読んだからといって再現できるわけではないから当然である。堂々と技術を盗める地盤であることに変わりはないけど、それを扱いこなせるかどうかはまた別。自分の手を動かし、頭を回し、現実をどれだけ理想にする寄せることができるかが有り体に言えば「絵の描き方」だろうか。

もちろんパースの取り方とかそういう基礎的テクニックはもちろん存在するけど、じゃあ三点透視のグリッドが引けたから、自分の思う絵が描けるかと言えばそんなことはないわけ。

何が違うのか、どうして気に喰わないのか、なぜ描けないのかを根気よく考え、何度も線を引っ張っては消し、時には紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てるくらいでないと1歩も進まない。形を描くなんてボールペンだろうが板タブだろうが液タブだろうがちっとも変わらないわけなので、ツールがどうとかは些細な話である(だって上手い人はどんな環境だろうと変わらず上手い)。

 

絵の描き方って自分の絵をきちんと見つめることが大事なのかなぁ。極端なデフォルメやバッキバキの関節を描いちゃう前に、「なんかおかしいよな?」って観察できれば、自分の思う理想に近づけるはず(歩みはすごく遅いかもしれないけど)。

結局のところ、「よく見る」・・・「観察力」を鍛えることが何より重要で、描いていく内にその力はついていく。はず。だんだんと質感や陰影にまで広がってきて、徐々に自由に動かせるようになってくる。デフォルメを効かせたり自分の表現をつけていくのはそれからでも遅くはないかもしれない。

 

Le Mans2015

さて、年に1度の自動車フェスティバルであるル・マン24時間耐久レースも終わったので、ちと雑感でも。

まずはポルシェ、80年台の耐久王者の貫禄を忘れさせない堂々たる疾走ぶり素晴らしかった。マシンの構造、特にパワートレインが時代に合致した合理的なパッケージ(2.0L V4ターボのダウンサイジングエンジン+最大放出エネルギー量である8MJの回生システム)は誰が見ても「強い」と思わしめるチョイス。特に「2.0L V4ターボ」が大きく、ここ数年で隆盛してきたダウンサイジング技術が一気に頂点に立ったのは非常にエポックメイキングじゃなかろうか? トヨタ(ヤマハ)の3S型エンジンも88年まではグループCを戦っていたけど、結局トルクや排気量その他諸々の関係で翌年V8に切り替わったこともあったことを踏まえてもコレはすごいことになったなぁ...。結局エンジンの軽量さで8MJのエネルギーを手に入れることができたんだから完全に思惑を理解したマシンになった。そりゃ勝てるよなって話。

アウディはそもそも信頼性が高かく、素の戦闘力も存分に余裕があった(そもそも24時間通してポルシェを追い回して首位に立てるだけの力はあった)わけで、トラブルも特になかったよね。でもちょっと運に見舞われてないのかも...。しかし4MJを選んだだけであそこまで速くなるとは...。来年は更に強くなって帰ってくる(ロッテラー談)とのことで、ますます目が離せないよね。

あ、個人的には来年のボディワークは、特にフロントはもう少し意匠に凝ったカッコいいデザインにして欲しいですよ...。

トヨタはおそらく予測が外れたんだと思う。マシンの仕上がりがよくても勝負へ追いつけないのではどうしようもない。とは言え(クラッシュこそあったものの)、レース通してノントラブルでイーブンペースで走り続けることが出来たのは「耐久レース」から考えると結構すごいことなのでは。その信頼性を保ったまま性能をぐんと伸ばすことができる余地があるだけ、来年のル・マンにまた期待が掛かるね。

日産はマシンが出た当初からずっと技術的な面(ボディワークやFFで戦うことの意味)の疑問と、あまりいい印象を持たないベン・ボウルビー氏へのあてつけでバカにしては来たけど、それもやっぱりマシンを見ればおおかた予想は出来たことである。なんだかんだと言われてるけど、勝負の土俵に立つ以上勝つか負けるかで、テストでデータ取りをしたいならガレージ56で出てるほうがずっと下馬評も穏やかだったんじゃないかとすら思える。そうはいえどもノウハウ0のマシンを24時間きちんと走りきらせたことは素晴らしいし、メカニックやドライバー達がそれに向けて努力を重ねてきたことは確かだから日産にとってもいい経験になったんじゃないかな。

日産はル・マンやプロトタイプが初めてではないし、国内レースを通してきて駆動方式の違いによる運動性能の向き不向きやそういうところのノウハウはしこたま持ってるはずである。僕が一番看過できなかったのはそういうノウハウをきちんと持っている日本のNISMOが車両開発に殆ど携われていなかったと言う点で(参考)、なんとか開発したエンジンはLMP2での実績を示すかのようにノントラブルでなおかつ最高速度も出していた。だからこそボウルビー氏がGT-Rの開発に日本NISMOを関わらせなかったのが疑問でならない。実際開発ストーリーを見ても外国人の名前ばかりが上がって日本人は居ない。日本の国旗を背負っているのに日本製の車じゃない感じが違和感として残ったんだよね。

Twitterでpostしてる分には、特に直近はル・マンの興奮に当てられて行き過ぎた表現もあったし(不快になった方は申し訳ない)、今見ると恥ずかしいことこの上ないけど、きちんと理由を持ってGT-Rを見ていたことだけはしっかり宣言しておかないと行けない気がする(

 

やっぱり日本勢が華々しく活躍して欲しいんですよ。来年は今年の体たらくを巻き返すマシンを持ってきて戦って欲しいっすね。